「当事者にならないと、変わらない」——倉和建設が見たM&Aの5年後〈後編〉

エルライングループへの参画から5年。倉和建設株式会社(以下、倉和建設)・金子哲也会長は2024年、株式会社エルライン(以下、エルライン)専務執行役員・営業本部長を務める大川寛明氏に社長を引き継ぎました。

M&Aは契約した瞬間がゴールではありません。その後に何が起き、何が変わり、何が変わらなかったのか。グループの「当事者」になって初めて見えてきたことを、金子会長と大川社長が率直に語りました。

目次

グループの「当事者」になって、初めて見えてきたこと

シナジーは、動かなければ生まれない

グループシナジーは、仕組みを作るだけでは生まれない。両社がそれを実感するまでには、いくつかの具体的な案件を積み重ねる時間が必要でした。

紹介した案件のパスが繋がらない。せっかく築いてきた取引先との関係性が、グループ内の連携不足によって損なわれそうになる。そのたびに「こっちの顔が潰れるくらいなら、紹介しないようにしよう」という気持ちになったこともあるといいます。

それは諦めではありませんでした。グループとして動くことの難しさを、現場の最前線から見続けてきたからこそ出てくる言葉でした。

大川社長就任が変えた景色

グループ参画後、個別の案件では倉和建設とエルラインの連携が少しずつ動き始めていました。しかし組織として意識的にシナジーを作りにいけるようになったのは、大川社長が就任してからのことです。

「当事者にならないと、意識してないわけじゃないけど現実的な話に繋がっていかない。歯車になれるかをこれからやる」

「倉和の仕事を取ってこようというマインドになった」——営業本部として倉和建設との連携が具体的に動き出しました。シナジーを組織として意識できるようになってきた実感があるといいます。

ただ、課題も正直に語ります。「今求められているのはスピードだが、現場は急には変われない」グループの期待と現場のリズムの間で、まだ試行錯誤は続いています。

グループを越えて動いた、シナジーの実例

グループ参画後、シナジー効果として確認できた案件は15件以上にのぼります。その中からいくつかをピックアップしてご紹介します。

エルラインから倉和建設へ——営業力が開いた扉

エルライン営業本部との連携で倉和建設が動いた案件がいくつもあります。

一つは、首都圏(東京)エリアでの基礎補強工事です。既存のコンクリートが薄く崩れる可能性があるとして、鉄筋型枠を組んでコンクリートを流し込む増強工事——エルライン営業本部からの施設解体後に耐圧補強工事があるとの案件情報をきっかけに、倉和建設が受注した躯体一式工事※です。受注後はエルラインとび土工事業本部が足場工事を担当し、グループとして一つの現場を分担する形になりました。

もう一つは、静岡エリアにおける大型の公共建築案件です。倉和建設が中心となって交渉を進め、クロージング直前の最終局面でエルライングループのネットワークが後押しする形で受注につながりました。倉和建設の営業力とエルラインの連携が、それぞれの役割を果たした案件でした。

※躯体一式工事とは、とび土工・鉄筋・型枠・鉄骨等の躯体工種を一括受注する工事のこと。

倉和建設からグループへ——取引実績が生んだエリア拡大

シナジーは「エルラインから倉和建設へ」の一方向だけではありません。

北海道エリアの大型とび土工事案件は、倉和建設がグループ参画前から築いていた取引関係が起点となりました。2024年、北海道エリアに株式会社京千(北海道室蘭市)がグループに加わったそのタイミングで、とび土工事の引き合いにつながり、さらに仮設資材についてはエルライン販売レンタル事業部へと引き継がれ、足場・支保工などの機材レンタルまで受注する形になりました。

倉和建設が静岡で65年かけて積み上げてきた取引実績が、エルライングループのエリア拡大につながった——グループの掛け算が地理的な広がりを生みました。

*シナジー事例掲載の案件のみ記載

「エルラインにつぶれられたら困る」——厳しい言葉の裏側

65年企業が本当に守りたかったもの

金子会長はエルライングループに対して、時に厳しい言葉を口にしてきました。連携の甘さ、コミュニケーションの課題、現場とオフィスの温度差——率直な指摘を続けてきた背景には、一つの思いがあります。

「エルラインにつぶれられたら困る」

これは批判ではありません。65年続いてきた会社を、社員の生活を、積み上げてきた現場との信頼関係を守るためには、エルライングループ全体が健全であり続けなければならない。その思いが、率直な言葉となって出てきていました。

金子会長が次世代に託したこと

変えないでほしいこと

大川社長への引き継ぎにあたって、金子会長が最も強く伝えたことがあります。

「人を大切にしてほしい。給与などの待遇を下げるようなことはしないでほしい」

創業から65年、倉和建設が積み上げてきたものの根っこには、現場で働く人たちへの敬意がありました。倉和建設の営業基盤は飛び込み営業ではありません。現場管理職が所長に信頼され、次の現場に呼ばれる——その積み重ねで仕事が繋がってきました。その信頼関係は、一朝一夕では作れないものです。

グループの一員として歩みを進める中でも、人を大切にするこの軸だけは曲げてほしくない。それが金子会長から次の世代への、最大のメッセージでした。

100年企業へ——変えていくこと

「65年までやってきたから、100年やろう——それが大きな目標です。会社経営の根幹にあるのは継続じゃないですか。全部を捨てるわけじゃない。良かったものは残しながら、時代に合わせて変えていく」

大川社長が描く倉和建設の未来は、過去の否定ではありません。保有している機械・トラック・土地の必要性を一つひとつ見直し、本当に必要なものだけを残しながら経営を刷新していく。金子会長一人が決めていた事柄を、取締役3人が納得できる経営体制へと移行させていく。

しかし課題は内部だけではありません。建設業における採用難は、地方の会社ほど深刻です。「職人がいなくなったらできない商売。倉和建設の社員だけでなく、静岡で手助けしてくれる人たちを確保し続けることが前提になる」と大川社長は語ります。人は入っても辞めていく現実の中で、増やすことの難しさも正直に認めています。

そしてグループ全体の戦略としても、大川社長には構想があります。

「鉄骨はエリアを問わず展開できる。ただとび土工はエリアの考え方が違う。エルラインの営業力が生きるのはどの業種なのか。エリアで一つの躯体グループを作るような戦略を持たないといけない」

躯体サブコン※を目指すエルライングループにとって、エリアごとにとび土工のスクラムを組めるかどうかが、次のステージへの鍵になるはずです。

※躯体サブコンとは、解体・新築・リニューアル工事の躯体領域において施工および施工管理が可能な専門工事業者のこと。

M&Aを検討する経営者へ

ガバナンス強化に取り組むエルライングループの一員として、コンプライアンス面も含めた体制整備の重要性を金子会長はこう語りました。

「グループ全体でコンプライアンスを整えていく中で、バックオフィスは一筋縄ではいかない。コンプライアンスの部分をしっかり理解した上で一緒になった方がいい」

建設業は長年、職人の経験と勘を頼りに現場が動いてきた産業です。デジタル化や制度対応が他業種に比べて遅れがちな構造の中で、2024年問題への対応が叫ばれる今もなお、慣習として積み上げてきた取引先との関係性や現場の進め方を一度に変えることは簡単ではありません。しかし、それを乗り越えた先にこそ、本当の意味でのグループとしての強さがある——倉和建設の5年間は、そのことを示しています。

この記事を書いた人

水野源太
株式会社エルライン 社長室 1級電気工事施工管理技士

新卒で大手総合設備会社に施工管理として就職し、大型現場の再開発工事を経験。その後、建設人材派遣会社へと移り、複数現場で施工管理としての実務経験を積む。1級電気工事施工管理技士に合格したのを機に、同社の本社へと出向し、教育に携わる。2024年4月にエルライングループにジョインし、教育や採用、広報・デジタルマーケティング・新規事業開発などに従事。

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