建設会社M&Aの決断:65年企業、倉和建設が同業グループを選んだ理由とその後

1961年、静岡で鳶・土工の専門業者として創業した倉和建設株式会社(以下、「倉和建設」という)。重機・ポンプ車・足場材と事業領域を広げながら、地場の建設会社として65年以上の歴史を積み上げてきました。

その倉和建設が2021年、エルライングループへの参画を決めました。

後継者問題、担い手不足、会社全体の高齢化——中小建設会社の経営者が共通して直面する課題に向き合い続けた末の決断でした。当時の葛藤と、グループ参画後のリアルを、金子哲也会長が語りました。

目次

なぜ、65年続いた会社の将来が見えなくなったのか

後継者と高齢化——二つの課題が重なっていた

金子会長が代表に就任したのは2010年のことです。もともと家業を継ぐつもりはなく、大学卒業後は建設系の会社への就職を考えていました。しかし家庭環境の変化の中で入社を決め、現場で経験を積みながら、代表取締役に就任することになりました。

「父親が作った会社だから。社員もいるし、生活を守らないといけない。」

その責任感が、会社の将来を真剣に考えるきっかけになりました。

課題は二つありました。一つは後継者問題。幹部社員がいる中で、自分に何かあったときに会社がどうなるのか。事業承継の道筋が見えないまま時間だけが過ぎていました。

もう一つは会社全体の高齢化です。現場の作業員を含め、従業員の年齢層が上がり続けていました。建設業界への若い入職者はなかなか増えない。これは倉和建設だけの問題ではなく、業界全体の構造的な課題として、金子会長は肌で感じていました。

「将来像が描きづらい状況が続いていた。」——その言葉に、当時の閉塞感が滲みます。

M&Aを「選択肢の一つ」として検討し始めた理由

同じ業種を選んだ決め手

M&Aを意識し始めたのは、仲介会社から届いたDMがきっかけでした。いくつか届いていた中から「話だけ聞いてみようか。」と、3〜4社に連絡を取りました。費用感やスケジュール、どんな会社と組めるのかを情報収集しながら、ひとつの選択肢として検討を始めました。

最初から「売ろう」と決めていたわけではありませんでした。

「いい相手に巡り合えるんだったらいいだろうな、という程度の気持ちでした。」

その中で株式会社エルライン(以下、「エルライン」という)との交渉が具体化していきました。コンサルタントを介しながら数字の輪郭が見えてきた段階で、初めてエルラインの浅野社長と直接話す機会を持ちました。「若くて、やり手なんだなという印象でした。」と金子会長は振り返ります。

複数の選択肢の中には、ファンド系の会社もありました。しかし金子会長はその選択肢を早い段階で外していました。

「ファンド系は結局、お金を出してその後また手放すという話も聞いていた。同じ業種であればグループとして倉和建設にもメリットがある。そう考えました。」

決め手は「同じ業界・業種」でした。建設業の現場を知っている会社だからこそ、グループとして動く意味がある。その判断が、エルライングループへの参画を後押ししました。

社員への説明には最も気を遣ったといいます。「自分が決めたことに納得できない社員が離れるかもしれない、という覚悟はしていました。」しかし「基本的な体制は変わらない」と伝えることで、離職はほとんどありませんでした。取引先については「倉和は単独で動く」という契約内容を説明し、不安を最小限に抑えました。

グループ参画後、最初にぶつかった現実

現場とオフィスで真逆だった受け止め方

グループ参画後、社内で起きたことは単純ではありませんでした。

現場の職人たちの反応は比較的穏やかでした。「体制が変わらないなら、むしろ安定するんじゃないか。」という受け止め方が多く、現場レベルでの混乱は少なかったです。もともと職人は目の前の仕事に集中します。グループがどこであれ、現場が回っていれば大きな変化には映りませんでした。

一方、オフィス側の反応は違いました。エルライングループのルールや管理体制が加わることで、事務作業が増えました。「急に業務が増えて大変だ」という声が上がりました。現場とオフィスで、グループ参画への温度差が生まれていました。

「お願い」が「命令」になる瞬間

統合を進める中で、金子会長が最も気にかけたのは、コミュニケーションの質でした。

「お願いが命令になると、言われたことしかやらなくなる。それが一番怖かった。」

グループに入ったことで、エルライン本社からの指示が増えます。それ自体は当然のことです。しかし「やってください」という言葉が、現場には「やれ」と聞こえることがあります。その積み重ねが、社員の自主性を少しずつ削いでいく——金子会長はそのリスクを肌で感じながら、現場と本社の間に立ち続けました。

社内担当者が見た、倉和建設の「誠実さ」

ここで、PMIを担当したエルライン側の担当者の視点も加えておきたい。

エルライン社内でPMIを担当した鹿島聡子は、M&A成立のタイミングで倉和建設が全社員を集め、エルライン側のメンバーを紹介してくれたことを印象深く語ります。

統合後の細かい調整が続く中、倉和建設側には常に「窓口役」となる担当者がいました。給与体系や就業規則の見直しなど変更が生じるたびに、金子会長・労務管理を担う奥様・実務担当のOさんの3人が連携して対応にあたってくれていたといいます。

「これはできるけど、倉和として大切にしているここは折れられません、という感じでちゃんと合わせにきてくれる。」

一方的に受け入れるのではなく、守るべき軸を持ちながら歩み寄る——その姿勢が、統合をスムーズに前進させる力になりました。

それでも、社員が辞めない環境を守り続けた理由

グループ参画から数年が経った今も、金子会長の軸はぶれません。

「社員が辞めない環境を整えることが、自分の仕事だと思っています。給与などの待遇を下げないことで、人を大切にしてほしいという思いは変わらない。」

65年かけて積み上げてきた現場との信頼関係は、M&Aの後も変わりませんでした。会社の名義が変わっても、そこで働く人たちの生活を守るという責任は、引き続き金子会長が背負い続けています。

M&Aは契約がゴールではありません。人をどう巻き込み、どう守り続けるか——倉和建設の5年間は、そのことを静かに示しています。

この記事を書いた人

水野源太
株式会社エルライン 社長室 1級電気工事施工管理技士

新卒で大手総合設備会社に施工管理として就職し、大型現場の再開発工事を経験。その後、建設人材派遣会社へと移り、複数現場で施工管理としての実務経験を積む。1級電気工事施工管理技士に合格したのを機に、同社の本社へと出向し、教育に携わる。2024年4月にエルライングループにジョインし、教育や採用、広報・デジタルマーケティング・新規事業開発などに従事。

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