連続買収で躯体業界を変える株式会社エルライン(以下、エルライン)が、自社の事例をもとに記録するM&A事例シリーズ。今回取り上げるのは、北海道・室蘭に本社を、札幌に支店を構える、とび・土工・コンクリート工事の専門会社、株式会社京千(以下、京千)です。
代表取締役の木藤千秋氏(以下、木藤氏)は、2024年、自ら築いた会社をエルライングループへ託す決断をしました。特徴的なのは、経営者が交代していないことです。木藤氏は今も現場の責任者として、自身の会社を率いています。
全4回でお届けするこの連載では、決断から統合後の変化、そして「掛け算のシナジー」までを追います。第1回となる本記事のテーマは、「経営に大きな不安はなかった」という木藤氏が、それでもなぜ会社を託す決断をしたのか。その背景と葛藤を記録します。

創業の経緯|18歳のとび職人が室蘭で会社を興すまで
木藤氏のキャリアは、18歳でとび職人として現場に立ったところから始まります。腕には自信がありました。当時勤めていたのは、親方と数人の職人による小さな会社。最後に入った木藤氏が、いつしか職長を任されるようになっていました。
ところが、その親方はだんだんと現場に顔を出さなくなっていき「これでは自分でやっているのと変わらない。」そう感じた木藤氏は、25歳で独立を決めました。
独立を決めたとき、木藤氏は迷わず法人を選びました。いずれ社員を雇うことを、最初から見据えていたからです。室蘭で、仲間2人とあわせた3人。小さな船出でした。
やがて、札幌にも支店を構えることになります。きっかけは、札幌の建設会社を経営する知人からの紹介でした。「これまで築いた人脈を引き継ぎたい。やってみないか。」その声に応える形で、京千は室蘭・札幌の二拠点体制へ。
経営課題はなかった。それでも事業承継を考えた理由
意外なことに、木藤氏はグループインの前、経営に大きな課題を感じていたわけではありませんでした。
「今のままでも食べていける。本当に何もしないなら、それで構わなかった」
それでも木藤氏が動いたのは、「現状維持では、その先がない。」という感覚があったからです。会社をさらに成長させていくなら、何かを変えなければならない。そしてもう一つ、自分に万一のことがあったとき、会社を引き継げる人間がいないという現実もありました。
北海道特有の事情もありました。人口が少なく、職人の採用は簡単ではありません。古くからの会社が地域に根を張る中で、新たに人を集め続けることの難しさを、木藤氏は肌で感じていました。人口減が進む地域で、札幌をどう攻めるか——それは経営判断として避けて通れないテーマでした。
最初の一歩は、ごく軽いものでした。M&A仲介会社のリストに、京千の名前を載せてみる。「とりあえずテーブルに乗せておこう」という程度の気持ちだったといいます。
「うちを欲しがる会社があるんだな、と。何が目的なんだろう、という思いもありました」
実際に、複数の会社から声がかかりました。別の建設会社からのオファーもありましたが、条件が折り合わずに見送っています。

M&Aの決断前に一番悩んだこと(従業員・契約・売却の是非)
話が具体的に進むほど、木藤氏の中で迷いは大きくなりました。会社を託すという決断には、いくつもの不安がつきまといました。
売却は本当に正しい選択なのか。従業員はついてきてくれるのか。交わした契約は、きちんと守られるのか。自分で育てた、子どものような会社を手放す——その感覚と、木藤氏は向き合うことになります。
オーナーとして自由に動けた環境がなくなることへの不安も、正直なところありました。「働き方は今のままで構わない。」とも聞いていましたが、統合後に管理体制がここまで変わるとは、当時は想像していなかったといいます。
そして、もう一つ重い論点がありました。この話を、社内の誰にも相談できなかったことです。
守秘義務の観点から、事前に打ち明けることはできません。後になって幹部からは「なぜ言ってくれなかったのか」と言われました。それでも木藤氏は、あえて社内には相談しなかったと振り返ります。相談すれば自分の決意が揺らぐかもしれない。反対されることも目に見えていた。だからこそ、独りで決めるしかなかったのです。
先を見て変化が必要だと考える経営者と、今を守りたい従業員。その視点の違いを、木藤氏は痛いほど理解していました。
M&Aの相手をどう選ぶか|エルラインを選んだ決め手
最終的に木藤氏が株式会社エルラインを選んだ決め手は、資本力でも条件でもありませんでした。エルラインの代表・浅野氏の人柄でした。
とび・土工の会社の経営者という言葉から想像していたイメージとは、まるで違ったといいます。雰囲気はやわらかく、話していて構えるところがない。創業の時期が近いにもかかわらず、会社の規模には大きな差がある。その違いはどこから来るのか——木藤氏は素直に興味を抱きました。
「一緒に飲みに行って、とにかく豪快にはじけて。ああ、この人ならついていけると思いました」
年齢が近いこと、サーフィンやDJといった共通点があったことも、距離を縮めました。木藤氏は率直にこう語ります。
「絵に描いたような“堅いとび職人”の社長だったら、契約していなかったと思います」
経営の合理性だけでは説明できない、人と人との相性。それが、京千がエルライングループへ加わる最後の一押しになりました。
こうして木藤氏は、会社を託す決断を下します。そして本当の試練が、グループインしたあとに待っています。次回は、統合がもたらした摩擦と、それでも変えなかったルールについて記録します。


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